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そばや

お久しぶりです。
大震災からひと月以上がが経ちました。母を迎えての生活も少しずつ落ち着いてきました。
病院に連れていったり、ケアマネージャーさんを決めて連絡を取ったり、デイサービスに行き始めたりと目まぐるしい毎日でしたが、リズムができてきて自分の時間も作れるようになりました。
この間、子供たちも進学、そして小学校へ入学と新たな一歩を踏み出しています。

しかし、世の中の極端な自粛ムードで、イベントやお祭りはことごとく中止。パチンコ店も石原発言の前から元気がなく、チンドン屋の仕事は99%がキャンセルになってしまいました
特に自治体主催のものは、早々と中止を決めていました。4月の8日〜10日の予定だった全国チンドンコンクールも中止です。
やむを得なかったかもしれませんが、中止を決める役所の人はイベントがなくなっても給料がもらえるのです。ですが、イベントには多くの人が関わっていて、それで生活している人は大きな打撃を受けています。イベント企画会社は規模が大きいだけに今相当厳しいと思います。
お花見の自粛で、屋形船もキャンセルが相次いでいましたね。知り合いのオーケストラ奏者もコンサートが相次いで中止になって、会社が心配だと言っていました。

これだけ大きな影響が出るのですから、中止を決定する際には、「他のとこがやめるからウチも」みたいに安易に決めないでほしいものです。こんなときこそ、大いにイベントをやって義捐金を集めるとかプラスに考えていきたいものです。

こうした状況の中、勇気ある(?)クライアントもいるもので、チンドンの仕事はまったくゼロというわけではありません。
4月の頭に、よしのさんの現場がありました。居酒屋のオープンの宣伝です。
苦情を言われるかと覚悟していましたが、町の人の反応はとても温かかったです。むしろ歓迎しているようでした。住宅街の裏の通りを流すと、次々と家から人が出てきて話しかけてきます。急いで戻ってカメラを取ってきた親子や、AKB48をリクエストしてくれた親子に出会い、むしろ普段より濃密な時間がありました。
上の写真は、バス通りを延々と歩いて疲れが出てきた頃、「うちでちょっと休んで行きなよ」と声をかけてくれたおそばやさんと一緒に撮ったものです。

私自身は約半月ぶりのチンドン仕事でした。いろいろな事があってすっかり心が縮こまっていましたが、やっぱりチンドンはいいなあと思いました。久しぶりの現場でバテましたが、心は元気になりました。

110325_2011~01.jpg
長旅から帰って来ました。

東京は余震や放射能の問題があるとは言え、仙台にいるときの緊張感とは全く違いました。
ガソリンスタンドには車の行列ができていませんでした。

阪神淡路大震災の時、ニュースを知って涙を流しました。でもそれは私にとって遠い町の出来事だったのです。
今回の地震では自分もまた、その中にいます。震災前と後では自分の中で何かが変わってしまいました。
生活も一変しています。仕事は減り、母を抱えての暮らしが始まりました。

でも戻ってまだ2日目です。なるようになるとしか言えません。

昨日お隣さんが、帰ってくる私を励まそうと、シフォンケーキを焼いてくれました。ここにも、ありがたい近くの隣人がいました。
みんなで食後にいただきました。
ふわっとして、ホッとする味がしました。

地震のあった日から、たくさんの人に安否メールをいただきました。気にかけていただいてありがとうございました。

返信できた人もできなかった人もいます。最初はメールすらつながらず、自分の身を守るので精一杯、次には母の安否を知るのとその後の世話で手が離せなくなりました。

そんな中、返信できなかった方、ごめんなさい。
急ぎではないと判断したメールには返信してません。すみません。

また、チェーンメールをくれた方、災害時のデマにはご注意を。

肉親など、早急な安否確認でない場合は、災害から一週間後くらいからが落ち着くようです。
わからないと心配ですが、安否を気づかうのもあせらずにした方がいいと思いました。

いよいよ仙台を離れます。来るまではまだかまだかと思っていましたが、その日が来ると意外と感慨がないものです。

タクシーで山形に向かい、母の体調を考えて一泊します。
宮城と山形の県境は峠の道で、道の両側にはまだ雪が積もっていました。
48号線はガソリンスタンドに並ぶ車の渋滞があった他はスムーズに走ります。対抗車線では、時折「災害支援」と書かれた自衛隊の車が走って行きました。

仙台から東京に向かう最も贅沢なルートになりました。私一人なら並んで高速バスに乗ってもいいですが、母に負担のない方法を考えてこのようなコースを選びました。

泊まった先は空港近くの、さくらんぼ東根温泉です。こじんまりとした昔ながらの温泉旅館で、10日ぶりのお風呂は温泉です。
大きな岩にあたる錆のような赤銅色のお湯は熱く、肩の力が抜けていきました。
食事もおいしかったです。米沢牛のすき焼きが出ました。久しぶりに生の(冷凍とか缶詰めではないという意味で)肉を食べました。

感動したと言いたいところですが、とにかく無我夢中でガツガツ食べてしまいました。

明日は東京です。

イノッチが夢に出てきた。

家に電話して子どもたちと話す時間が、私には救いになっています。

子どもたちは元気な時もあり、元気じゃない時もあり、その時々をいつも通り生きています。

プーと学校や食べ物の話、とりとめのないおしゃべりをするのは楽しい時間です。
アケは照れくさいのか、あまりまともにしゃべってくれません。

4月から1年生になるアケ。入学の準備もまだしていません。
残り少ない保育園への道をまた一緒に歩きたいな。

仙台の西部にあるこの地域は、大きな揺れにも関わらず奇跡的に被害がほとんどありませんでした。
水道は無事で、電気は地震の2日後に復旧しました。しかし都市ガスは止まったままです。風呂には仙台に来てから入っていません。
下水処理場が壊れてしまい、復旧の見通しが立たないため、洗濯や食器洗いも最小限にします。皿にラップをかけて洗い物をしなくて済むようにします。

ガソリンがないため車での買い物はできず、電車も復旧しておらず、たまに来るバスは満員です。

病院に薬をもらいに行きましたが、2時間近く待って、次の順番というときに救急の患者が入ってきました。

それでも、仙台市内は少しずつライフラインが戻りつつあります。

数日後には都市ガスが復旧するもよう、これは新潟から天然ガスを引くそうです。
家の電話は数日前に突如開通しました。安否を訊ねる親戚の電話が増えました。家庭ごみの収集も始まりました。

それでも母が以前と同じように一人で暮らすのはもう無理です。被害が少なかったとはいえ、母もやはり被災したのです。
住み慣れた仙台を離れるのはさびしいと思いますが、しばし脱出しなければなりません。静かに余生を送っていた母にとっては悪い夢でしかないでしょう。現実ばなれした発言が多くなっています。

昔から、遠くの親戚より近くの他人と言います。
まさに今それを身をもって体験しているところです。

私に母の変調を知らせてくれたOさんはとても親切な人で、震災直後、母が一人の時もお湯をポットにくれたり、食事を提供してくれたり、何かと気にかけてくれました。

私が来てからもそれは変わらず、おかずや野菜や、それに情報もいろいろもらいました。

ある時「お彼岸だから」と、手作りのおはぎを持ってきてくれました。

その日は父の命日でもあったのです。Oさんは当然そんなことは知るよしもなかったのですが、花もなくさびしかった仏前に命日らしいお供えをすることができました。

甘さが控えめのおはぎはとても美味しくて、私も母もペロリといただきました。

110320_1033~01.jpg
マンションの近くに、店らしい店はないのですが、美容室が一軒あります。

そこに張り紙があり、洗髪してくれるというのです。自分でやる場合は無料、美容師がやる場合は500円です。
いずれもタオル、シャンプーは持参です。
予約は数日後までいっぱいだったので、一番最短の20日に予約をして、その日が来るのを待っていました。

髪を洗うのがこんなに待ち遠しかったことはありません!
20日になり、いそいそと美容室に行きました。母が行きつけなので、私が娘と知ると母のことを心配してくれました。

私は自分で洗うつもりだったのですが、ちょうど台が空いていて、洗ってもらうことができました。一週間ぶりの洗髪は本当に気持ちよく、天国のようでした。
美容師さんは一人でも多くの人に髪を洗ってもらおうと献身的に働いていました。
被害が大きかった石巻から親戚を頼って夜遅くに来た人は頭が重油でベッタリのまま、死体をまたいで命からがら逃げてきたそうです。
被害の少なかったこのマンションにも沿岸部から避難してくる人が増えていました。

美容師さんは休みなく働いていて買い物にも行けないというので、パックご飯やお米、缶詰めなどを持っていきました。
こんな時は持ちつ持たれつです。

東京に戻る手段を確保するまでは必死でしたが、めどが立つと急に時間に余裕ができました。

母のそばを長時間離れるわけには行かないので買い物にも行けず、外出はマンションの管理センターに情報を求めに行くぐらいです。

昨年、チリの鉱山で落盤事故があった時、閉じ込められた人たちがそれぞれの仕事をしていた話を思い出しました。

ここでただ無駄に時間を過ごしていては精神的に良くないと思い、私は長年の課題だった母の家の片付けに着手することにしました。

片付けは、子どもたちと夏休みなどに母のところに来る度にやらなくちゃと思っていたことでしたが、いつかいつかと先伸ばしにしていたのです。

それは母との関係も同じで、高齢の母をこのまま一人で住まわせていいのか、ずっと考えて、答えは出ていませんでした。

とりあえず元気だったので、何かあれば私が引き受けるとは思っていました。その何かが今回起こったのです。

これが長い介護生活の始まりなのか、またそれぞれの生活に戻るのが、今はなんともわかりません。

しかし、以前とは明らかに生活が変わることだけは確かです。
この震災で、今まで棚上げにしていたことが明るみになったわけです。そうした人は私以外にもきっとたくさんいるだろうと思います。


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